シンガポールに拠点を置くサイコム・ブレインズ(アジア)社は、現地の日本人駐在員を対象に英語プレゼンテーションセミナーを二度にわたって実施した。その企画意図や背景・研修の評価などについて、同社ジェネラルマネージャーの李道明氏に話を聞いた
ノンネイティブのハンディを乗り越える方法を手にする
- 当社代表の西野浩輝がシンガポールでセミナーの講師を務めた際に、コーディネートしてくださったのがサイコム・ブレインズ・アジアの李さんでした。
そうでしたね。サイコム・ブレインズは日本に本社を持つ研修会社なのですが、シンガポールと上海にも拠点を設けています。私はシンガポールの現地法人でジェネラルマネージャーを務めています。
私が西野さんに初めてお会いしたのは、西野さんがシンガポールに視察に来られたときのことでした。そのときに西野さんの経歴を伺ったのですが、その内容がとても印象深いものだったのです。
西野さんは帰国子女でもなければ長期留学経験もありません。そうしたなかでいろいろな苦労をしながら独力でTOEIC満点という高い英語力と、際立ったプレゼン力を身につけてこられました。
シンガポールで現地の日本人駐在員向けに英語プレゼンセミナーを開催することになったときに、講師をお願いしたいと思ったのが西野さんでした。
西野さんであれば、日本人がノンネイティブであるというハンディを背負いながら、英語でコミュニケーションやプレゼンを行うときの考え方やコツを、現地で苦労をしている日本人駐在員の方々にうまく伝えていただけるのではないかと思ったのです。
サイコム・ブレインズ(アジア)とは?
- そもそも御社は、シンガポールではどのようなビジネスを手がけているのですか。
当社のクライアントは、主に現地に進出している日系企業です。現地法人の代表の方々にお会いして、その会社が抱えている経営課題について話を伺い、研修やコンサルティングを通じて課題を解決するための提案やサポートを行っています。
企業が抱えている経営課題は、会社によって少しずつ異なってきます。そこで当社では研修を実施するときにも一律的な研修プログラムを当てはめるというよりは、企業ごとにカスタマイズしたプログラムを提供するのが多いですね。
企業の課題やニーズにできるだけきめ細かく対応するために、研修講師陣は戦略やマーケティング、コミュニケーションといったさまざまな分野のプロフェッショナル65人と現地で契約を結んでいます。講師陣は基本的にほとんどがシンガポール人で、イングリッシュ・スピーカーなのですが、日本語も話せるバイリンガルの方も9名います。
幸いなことにシンガポールは教育水準が高く、また実業界で豊富な経験を持つ人材が数多くいますから、各分野のプロフェッショナルを探すことについてはさほど苦労しません。
英語プレゼンセミナー開講の理由
─ 今回、日本人駐在員向けに英語プレゼンセミナーを開催することにした理由は何ですか。
1回目は英語プレゼンセミナー以外にも、マネジメントや異文化コミュニケーションをテーマとしたセッションを含めた1日の講座を開講しました。
現地法人の代表の方々と話していると、経営課題の一つとして必ずといっていいほどあがってくるのが「人」の問題なんですね。
人の問題というのは大きく二つあって、一つは質の高いローカルスタッフの採用に苦労している企業が多いということ。
そしてもう一つは、日本人駐在員のマネジメント能力やコミュニケーション能力の問題です。
このうち後者についてお話しすると、海外では日本とは違って『あうんの呼吸』とか『お互いに空気を読み合う』といったことは成り立ちません。リーダーが海外の職場でマネジメントをするときには、チームとしてのビジョンをスタッフに対して明確に示すと同時に、スタッフごとにジョブ・ディスクリプションを提示することが求められます。
また人事評価も透明性や納得性が高いものにする必要があります。ところがこうしたマネジメントスタイルが身についていない日本人駐在員が少なくないのです。
またローカルスタッフとの連携をスムーズにするためには、明快なコミュニケーションが不可欠になりますが、多くの日本人駐在員は「英語力」の面でも、自分の考えを適切でわかりやすい言葉で伝えるという「プレゼン力」の面でも課題を抱えています。
そのためローカルスタッフに日本人マネージャーについての評価を尋ねると、「日本人は何を考えていて、何が言いたいのかよくわからない」といった返事がしばしば返ってきます。
当社は通常は企業内研修を中心に実施しています。しかし日本人駐在員のマネジメント能力やコミュニケーション能力の問題については、多くの日系企業が共通に抱えている課題です。また駐在員自身も、自分のマネジメント能力やコミュニケーションに課題があると感じています。
そこでまずはシンガポール在住の日本人駐在員を対象に、先ほど申し上げた、英語プレゼンセミナーをはじめとしたマネジメントやコミュニケーションに関する公開講座を開催することにしたのです。
おかげさまで、このセミナーの評価は上々で、とりわけプレゼンセミナーは、即効性が高いというお声をいただきました。それを受けて2回目は、前回以上により実践の時間を多くしたプレゼンテーションセミナーを企画しました。こちらも大成功に終わりました。
なぜマーキュリッチ・西野を選んだのか
─ 先ほど李さんは、西野を英語プレゼンセミナーの講師に選んだ理由として「私がノンネイティブであること」をあげていましたが、これについてもう少しくわしく教えていただけますか。
当社と契約を結んでいる65人の講師陣のなかには、当然プレゼンのスペシャリストもいます。しかし彼らは幼い頃から英語の環境のなかで育ってきたイングリッシュ・スピーカーです。
ですから多くの日本人が英語や外国人に対してコンプレックスを抱いていて、外国人を前にするだけで臆したり尻込みしてしまうという感覚は彼らにはわかりません。
けれども先ほども話したように、「西野さんならその感覚がわかるはずだ」と思ったのです。
西野さんの経歴を伺うと、リクルートを経て外資系の教育研修会社に転職されていますよね。当時の西野さんはまだそれほど英語力が十分でなかったにも関わらず、外国人の上司と英語でディスカッションをしたり、顧客である外資系企業の外国人トップにプレゼンをしないといけないという状況におかれていました。
これがどれほど大変かというのはよくわかります。自分の意見がうまく相手に伝わらずにもどかしさを感じたり、悔しい思いをされたことがたくさんあったはずです。そしてその経験がきっかけとなって、今日まで英語力とプレゼン力を磨くために取り組んでこられたわけですよね。
シンガポールで働いている日本人駐在員も、かつての西野さんと同じように、英語でのコミュニケーションやプレゼンに悪戦苦闘しながら、日々もどかしさを感じたり悔しい思いをしています。
ですから西野さんに講師になってもらえれば、きっと受講者も親近感を持って講師の話を真剣に聞いてくれるのではないかと思ったのです。
研修への評価
─ 1回目の英語プレゼンセミナーの様子を見て、どのような感想を抱かれましたか。
私は会場の一番後ろで受講者の様子を見ながら見学させてもらったのですが、みなさん身を乗り出しながら西野さんの話に耳を傾けている様子が伝わってきました。
受講後にとったアンケートの結果も非常によく、それで西野さんに再度セミナーの講師を務めていただくようにお願いしたわけです。
セミナーでは英語プレゼンに関するスキル面の話だけではなく、マインド面についての話もふんだんに伝えてくださいました。
英語で外国人にプレゼンを行う際の考え方や姿勢を、西野さんご自身の経験を踏まえながら話してもらえたのは、受講者にとって非常に参考になったようですし、そこで苦しんでいる受講者の方々には救いになったようです。
たくさんの学びがあった中で、私個人として特に印象深かったのは、「外国人の前では自信なさげに振る舞うな」という発言ですね。この言葉は西野さんご自身の体験に根づいた言葉だと感じました。
─ 先ほどおっしゃった「救いになった」というところについて、詳しく教えてください
日本人は「英語でプレゼンで行うこと」に対して高いハードルを感じています。ただでさえ日本人はプレゼンが苦手なのに、それを英語でやらなくてはいけない。しかも相手は外国人です。
ですから仮にそこそこの英語プレゼン力があったとしても、いざその場に立つとコンプレックスやプレッシャーに負けてしまい、十分な力を発揮できないままに終わってしまう場合が少なくありません。
西野さんはそうした日本人ならではのハンディに配慮したうえで、「英語力は今のままでも、プレゼン力を鍛えれば、十分に通用する英語プレゼンを行うことは可能である」という一貫したメッセージを受講者に対して発信してくれました。そして限られた英語力でプレゼンを行うための具体的なコツも示してくれました。
これは「英語ができなければ」「プレゼンもできなければ」と焦っている日本人にとっては、肩の荷が下りるメッセージになったと思います。
「英語力は長期的に伸ばしていくとして、まずはプレゼン力の強化に力を注ごう」というふうに、今後自分が取り組むべき課題が明確になったのがよかったですね。受講者は大きな気づきを得て、それぞれの職場に戻っていくことができたはずです。
今後への期待
─ 逆に今回のセミナーについて、「ここは課題だな」と感じた部分はありますか。
これは西野さんにやっていただいた英語プレゼンセミナーだけではなく、すべての研修にいえることですが、研修の効果は時間の経過とともに薄れていきますよね。どんなに中身の濃い研修だったとしても、受講者が職場に帰った後に学んだことを繰り返し実践しなければ自分のものにはなりません。
ですから、本当は3ヶ月1回ぐらいのペースで受講者に対するフォローアップの機会を設けられれば一番良いですよね。ただ西野さんの毎回シンガポールまで来ていただくのは大変なので、スカイプなどのツールを上手に活用する仕組みを活用できればと思います。
西野さんのセミナーでは、受講者が行ったプレゼンの内容に対して、講師やほかの受講者がコメントをする「フィードバック」を非常に重視されていますよね。
受講者はフィードバックを通じて、自分の英語プレゼンに対する気づきや、英語プレゼン力を伸ばすうえで何がポイントになるのかを学ぶことができます。
今の時代は知識はインターネットや本でいくらでも手に入れることが可能ですが、フィードバックのような取り組みは、インタラクティブな関係のなかでしかできません。
ですから3ヶ月に1回程度のペースでいいので、インタラクティブな形で受講者に対するフォローアップをしていくことができればいいなと考えているわけです。
─ もし次回も西野に日本人駐在員向けの英語プレゼンセミナーの講師を依頼するとすれば、どのようなセミナーにしたいと考えていますか。
今回はさまざまな企業に勤めている日本人の方を対象とした公開講座型のセミナーでしたが、次回も同じ形式をとるのなら、時間的には半日程度がいいと思います。
一方企業内研修にする場合には、1日なり2日なりの十分な時間をとって取り組みたいですね。
研修のなかでロールプレイをするときには、実際に普段その企業が行っている商談に即した題材を用いて、フィードバックについてもより念入りに行っていけば、中身が濃いものになるはずです。そのためには研修期間は1日なり2日は必要になってくると思います。
そして、それだけの時間をかける価値のある“大きな問題解決”をもたらしてくれると思います。
─ ありがとうございました。