仕事ができる上司ほど陥りがちな落とし穴があります。

それは、部下へのアプローチが「正しさ」だけに偏ってしまうこと。 その危険性について、私自身が痛感したエピソードをご紹介します。

私がまだ若手の営業担当者だった頃の話です。

当時の上司であるMさんは超切れ者で、プレイヤー時代には圧倒的な成果を上げていたビジネスパーソン。その実力から、同期の誰よりも早く管理職に昇進しました。マネジャーとしても常に高い基準を持ち、部下にも同じレベルのパフォーマンスを求めるタイプ。正直、彼と話すのは毎回緊張しました。

その中でも、Mさんは特にYさんというメンバーに対して厳しい態度を取っていました。Yさんは思うように成果を上げられず、Mさんも何とか彼を引き上げたいという思いが強かったのでしょう。

しかし、その熱意が逆にプレッシャーとなり、Yさんを追い詰めてしまっていたのです。

例えば、ある顧客への提案内容を議論する場面。Yさんが出したアイデアに対し、Mさんは論理の甘さを厳しく指摘し、詰めるようなやり取りを繰り返しました。それが度重なるうちに、Yさんは次第に思考停止に陥り、まともな言葉すら出なくなってしまいました。

結果、自己効力感はどんどん低下し、会議でも全く発言しなくなり、ただただ上司の顔色をうかがうばかり。営業成績は改善されるどころかますます悪化し、モチベーションもどん底に。

結局、Yさんは別部署へ異動することになりました。

そして、この状況を誰よりも重く受け止めていたのは、他でもないMさん自身でした。自分のマネジメントがYさんを追い詰め、結果として彼を潰してしまったことに、大きなショックを受けていたのです。

しかし、それだけでは終わりませんでした。

この一件により、Mさんのマネジメント手法に対する評価は厳しくなり、最終的には責任を取る形で「いちプレイヤー」に戻ることを 余儀なくされたのです。

なぜMさんの指導は失敗したのか?

MさんはYさんに成果を上げさせるために一生懸命頑張ったのに、なぜこのような悲劇に陥ってしまったのでしょうか?

根本の原因は、「正しさ」を追求するあまり、視野が狭くなってしまったことです。人は、一つのことに夢中になると、他が見えなくなるものです。

Mさんの場合、「正しい方向に導こう」とする気持ちが強すぎたため、部下の心情や状況を想像する余裕を失いました。

本来、上司の役割は「仕事」と「人」の両方をマネジメントすることです。

しかし、「仕事」の正しさに固執しすぎると、「人」の部分が見えなくなってしまうのです。特に、Mさんのように優秀なプレイヤーほど、「正解を求める指導」に偏りがちです。

プレイヤー時代の成功体験が、「正しい答えを示し、それを実行させる」ことへの信念を強化してしまうためです。その結果、「この方法が正しいから、これをやるべきだ」といった一方的な指導に陥ってしまいます。

このように、「正しさ」だけに頼るマネジメントは、時に逆効果を生み、結果として部下の成長を大きく妨げてしまうのです。

部下の力を引き出す上司の関わり方

Mさんのケースのように、「正しさ」だけに頼るマネジメントは、時に逆効果を生みます。

では、どうすれば部下の力を引き出し、成長につなげられるのでしょうか?

まず大事なのは、「6秒待つこと」です。

部下の発言に対して、つい「何でそう考えるんだ?」と即座に指摘したくなることは誰にでもあるでしょう。

しかし、アンガーマネジメントの理論では、強い感情は6秒待つと落ち着くと言われています。この6秒を活用し、一呼吸おくことで、視野が広がります。その間に「相手はなぜそう考えたのか?」「どんな意図があった のか?」と、自分の中で整理する時間を作るのです。

さらに、この6秒の間に「受容の返し」を入れることで、部下の心理的安全性を高める効果もあります。

例えば、「なるほど、そういう考えなんだね」といった一言を加えるだけで、部下は安心し、自信をもって会話を続けられるようになります。

このワンクッションがあるかないかで、部下の思考の広がりが大きく変わってくるのです。

もう一つ重要なのは、「一緒に考える問いかけをすること」です。

受容の返しで心理的安全性を確保した上で、次に大切なのが「問いかけの仕方」。ここで避けるべきなのは、「詰める」ような質問や、試すような態度です。「この考え、何がダメかわかる?」といった問いかけをすると、部下は守りに入り、自由な発想を封じてしまいます。

そうではなく、「この提案の目的は何だろう?」「理想のゴールはどう考えている?」といった質問を投げかけ、一緒に答えを探していく姿勢を示すことが大切です。上司が「正解を持っている」前提で話すのではなく、「自分もまだ完全な答えを持っているわけではない」という態度を取ることで、部下はより主体的に考え、発言しやすくなります。

すると、部下は「指摘される側」ではなく「貢献する側」としての意識を持つようになり、より良い意見を出そうとするようになります。

正しさと配慮のバランスを取る

上司の役割は、「仕事」と「人」の両方をマネジメントすること。そのためには、正しさを伝えることと、部下の心理や状況を理解することの両方が必要です。

6秒待って受け止め、一緒に考える。

たったこれだけのことで、部下の自己効力感は高まり、より良い発想や行動につながる。それが結果として、チームの成長にもつながっていくのです。

あなたもぜひ、今日から試してみてください。