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from 西野浩輝

ある日、タクシーを利用した時の出来事

私たちは時々、思わぬ場面で思いもよらぬ人から、「自分もこんな素敵な人になりたいな」とか「自分もこんな姿勢で仕事をしたいものだな」という気づきや学びを得ることがあります。

私も先日、あるタクシーの運転手さんから、そういう気づきや学びを得る機会がありましたので、今回はそのときの体験を話したいと思います。

その日私は、ある郊外の駅で電車を降りて、駅前のタクシー乗り場でタクシーを拾いました。車が走り始めてしばらくした頃、運転手さんが「アメがあるんですけど、どうですか?」と私に声をかけてきました。

「いただきます」と言って、私はありがたくアメを手にとりました。ふと私は、運転手さんに興味を抱きました。私もタクシーに乗るのは多い方ですが、これまでにアメを出してくれた運転手さんは、ちょっと記憶にないからです。

そこで運転手さんに、いつもアメのサービスをしているのか尋ねたところ、1年ぐらい前から始めたとのことでした。

運転手さんは普段、駅前のタクシー乗り場でお客さん待ちをしているのですが、駅の改札を出てタクシーに乗り込む人の中には、長時間電車に揺られて疲れている人が少なくありません。そこで「きっとお客さんは、何か甘い物がほしいんじゃないか」と思って、アメのサービスを始めたそうなのです。

「気が利く人だなあ」とすっかり感心した私は、さらに運転手さんに質問をしてみました。

「アメのサービスって、最初からアメだったんですか」

「いや。最初はね、アメといっても昆布アメだったんですよ」

昆布アメは、お客さんからもなかなか好評でした。

しかしある時、運転手さんは「昆布アメだと、気持ちが悪いと感じる方もいるんじゃないか」と思ったのだそうです。

昆布アメの場合、一つの大きな袋の中にたくさんのアメが包装されずに入っています。そのためお客さんは、素手で袋に手を入れて裸の昆布アメを取り出すことになります。

つまりいろんな人の手が袋の中に入ることになるわけで、それを「汚い、気持ち悪いと感じるお客さんもいるんじゃないか」と運転手さんは思ったのです。

そこで昆布アメから、一個ずつ袋詰めにされているアメに変えたのでした。

顧客満足とは、こういうこと

この運転手さん、お客さんの立場に立って物事を考えられるイメージング力が、すごく優れていると思います。

立派なのは、会社に命じられたわけではないのに、こういうサービスを続けていることです。

アメのサービスをしているからといって、評価が高くなるわけでもなければ、昇給に結びつくわけでもありません。なのに続けているのです。

「だってお客さんがそれで喜んでくれて、気持ち良く目的地に向かうことができたなら、運転手としてこれ以上の喜びはないですからね」と、運転手さんはさらりと言っていました。

「そんなにすごいことをしているわけでもないんですけどね」といった口調でした。

私はその言葉を聞いて「まさにこれこそ顧客満足だな」と感心しました。

世の中には、「顧客満足」を掲げながら、まったくお客さんの立場に立ったサービスができていないお店や会社が少なくありません。

けれどもこの運転手さんは、自然体で顧客満足が実現できています。

素晴らしいと思いました。

ただし私が運転手さんに対して一番感動したのは、その部分ではありません。

「この運転手さんは、仕事の楽しみ方、仕事の喜びの見つけ方がわかっている人だな」

ということに感動したのです。

仕事を楽しくするのは自分次第

タクシー運転手の中には、いかにもつまらなそうに仕事をしている人がいます。確かにタクシー業務を「お客さんを目的地に運ぶだけの仕事」と捉えると、単調な仕事だといえます。

けれども私が出会った運転手さんのように、ほんのちょっとした工夫をすることで、傍目には単調に見える仕事も楽しいものにすることができるのです。

私も普段から研修などで、「世の中に楽しい仕事なんてない。仕事の中に楽しさを見出していくことが大切なのだ」という話をしているのですが、まさしくそれを実践している運転手さんに
会うことができたのでした。

思わぬ場面で、こういう方に会えるとうれしくなります。

こういう方がもっともっと増えれば、私たちが住む社会も、生き生きとした元気な社会になっていくと思います。

「そのためにはこの運転手さんのように、まず私自身がもっともっと仕事を楽しまなければ。まだまだ楽しくするための工夫ができるはず……」と強く思わされた出来事でした。