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from 西野浩輝

強制受講型なのに受講者が熱心な理由

私はこれまで、さまざまな企業様で研修講師を務めてきました。

大変ありがたいことに、どの研修でも受講者のみなさんは真剣なまなざしで私の話を聞いてくださいますが、そんな中でも先日、飛び抜けて受講者の取り組む姿勢が熱心な研修を体験しました。研修の導入部、私が自己紹介を始めた時点から、受講者は既にノートにメモを取り始めていました。

また研修が終わってからは、10人以上の受講者に囲まれていろいろな質問を受けることになりました。

まさにうれしい悲鳴でした。

ただしこれだけ熱心な受講者であるにも関わらず、彼らは自ら希望して今回の研修を受けたわけではありません。

その研修は、受講するかどうかを社員が自分で選べる希望選択型ではなく、対象者は必ず受けなくてはいけない強制受講型の研修でした。 

「それなのに、なぜこんなにみなさん意欲が高いのだろうか?」

理由を知りたくなった私は、今回の研修を企画した担当者の方に疑問をぶつけてみました。社員に強制受講をさせる場合、受講者のモチベーションを高めるのに苦労している研修担当者が多いからです。

すると担当者の方は、こんなふうに答えてくれました。

「それはね、受講者から研修についての要望を聞かないことですよ」と。

「えっ!?」と思った私は、さらに詳しく担当者の方から話を聞き出してみました。

どうやら「受講者から要望を聞かない」というのはちょっと大げさな言い方で、要は「要望を聞きすぎない」ということでした。これなら私も納得できます。

企業が研修を行う目的とは?

そもそも企業が研修をおこなう目的は何でしょうか。

一番の目的は

「会社が社員に身につけて欲しいスキル、マインドを社員に獲得させること」

です。

もちろんその一方で「受講者がどんなことに問題意識や興味関心を持っているか」を把握しておかないと、彼らの実態に合った研修ができなくなってしまいます。

そういう意味では、受講者から要望を聞き出し、それを研修に反映させることも重要です。「社員自身がどんなマインド、スキルを身につけたいか」についても、十分に配慮する必要があるのです。

つまり研修の内容は、「会社が社員に見つけさせたいスキル、マインド」と、「社員自身が身につけたいスキル、マインド」のバランスを取りながら決めていくことがポイントとなるわけです。

このバランスを失うと、せっかく研修を実施したのに思うような効果が得られなかったり、受講者の満足度が低い研修になってしまいます。

先ほどの担当者の発言は、「受講者の要望を聞きすぎて、バランスを失ってはいけない」という意味だったわけです。

さらに研修を成功させるもう一つのポイントが、「研修をおこなう狙い」を事前に担当者が受講者にしっかりと伝えることです。

これから会社はどのような方向に進もうとしており、どんなスキルやマインドを持った人材が求められているかを話したうえで、「この研修は、会社が必要としているスキルやマインドを獲得してもらうために実施するものである」という目的を、明確に受講者に示すわけです。

私が体験した「飛び抜けて受講者の意欲が高かった研修」では、担当者が研修の狙いについての事前の説明を、ちょっとしつこいぐらいに何度も丁寧におこなっていたようです。

だから受講者は研修を受けることの意義を十分に理解し、非常に前向きな姿勢で臨んでくれたわけです。

研修効果をあげていくには?

一方で私は、これとまったく逆の例も知っています。

以前私は、ある研修担当者の方からこんな相談を受けたことがありました。

「うちの会社では、社員への研修アンケートの結果をかなり入念に読み込んで、そこで出てきた要望を、できる限り次回の研修プログラムに取り込んでいます。ところが研修に対する社員の満足度は一向に上がらないし、現場から研修効果が出たという声も聞きません。なぜなんでしょうか」と。

この会社が、思うような研修効果をあげられていない理由ははっきりしています。

「会社が社員に見つけさせたいスキル、マインド」と「社員自身が身につけたいスキル、マインド」のバランスがとれておらず、後者の方ばかりを優先した研修になっているからです。

また研修に対する社員の満足度が上がらないのは、ある意味社員が「殿様気分」になっているためです。

受講者の意欲が高い研修では、「一人ひとりが研修の意義を理解し、自ら主体的に研修に取り組んでいく」という雰囲気ができあがっているものです。講師は研修のとき、できるだけ受講者の問題意識や興味関心に即した話題を選んで話すようにはしていますが、他の業界や異業種の事例をケーススタディとして述べることもあります。

そんなときでも意欲の高い受講者は、他業種や異業種の事例を自分たちの現場に置き換えて考え、応用していこうとする意識が働きます。

ところが受講者の間で「自分たちはサービスを提供されているんだ」という雰囲気が強いと、研修を受ける姿勢も受け身になります。

講師が他業種や異業種の事例を話したときでも、「その事例はうちの業界に合わない」とか「それは営業の話であって、自分は職種が違うから関係ない」といった拒否反応が働きがちです。講師の言葉をどん欲に吸収しようとする姿勢になれず、結果として満足度も上がらないというわけです。

だから研修では、「会社が社員に見つけさせたいスキル、マインド」と「社員自身が身につけたいスキル、マインド」のバランスをとることが成功のカギとなるのです。

このバランスをいかに実現していくかが、研修担当者の腕の見せどころであり、この仕事に携わる一番の醍醐味なのではないでしょうか。